創業の歴史

創業の歴史は曽祖父の佐生正三郎からです。

1926年当時「配給の神様」と呼ばれる映画界のカリスマ的人物だった彼の経歴は華々しかったそうです。

ユニバーサル映画に入社した佐生は、後のパラマウント映画日本支社長トーマス・コクレン氏からアメリカ的経営のノウハウを仕込まれたそうで、合理的な営業や新機軸を打ち出し映画界をリードしていたということです。

パラマウント映画日本支社総支配人、東宝映画取締役、新東宝初代社長を経て日米映画(株)(現 中央区銀座8-12-15全国燃料会館)を設立。

1962年にパラマウント映画の仕事でアメリカへ渡った時にクリーニング業に着目して、祖父の矢口静雄と共に「中央ランドリー」を現在弊社の本店所在地に設立しました。

その後、曽祖父の最後の映画会社である「日米映画株式会社」から名称をとって、1968年品川区大井町に「日米クリーニング」を設立しました。

私のシミ抜きの研究

子供の頃から家業のクリーニングを見てきたので、自分も大人になったらクリーニング屋になるのだろうと思っていました。そして、自動車の免許を取って白金や高輪を集配に廻りました。

ある日、品物を届けに行き「シミが落ちなかった」ことをお伝えすると「このシミが取れなかったらクリーニングに出す必要がなかった」とお客様からお叱りを受けてしまいました。

私は品物を持ち戻り、父の浅川信繁にその事を伝えると、落ちないシミは落ちないと言って返すようにと言われ板ばさみ状態になりました。

困った私は、こっそり自分でシミ抜きをしました。
そして経験も知識も浅い私は強い薬品を使って生地を脱色させてしまいました。

途方にくれながらもお客様のところへ行き「すみません、生地が傷んでしまいました…」と謝りました。すると、お客様の顔色は変わり「この服高かったのよ!30万円弁償して」と言われます。

大慌てで店に戻り父に説明すると「おまえは素人なんだから、もうシミ抜きはするな!」と怒られました。

お客さんからも社長である父からも怒られたからと言って、諦めるような私ではありません。

「シミを落として欲しいというお客さんのニーズに応えよう。」
「よし!シミ抜きが上手になって見返してやろう!」
と徹底的に研究をしました。
やがてわかってきたのは、強い薬品は生地を傷めるので使わないということでした。

ある時、ふと「お腹の中って食べたものは消化するけど、胃や骨は溶かさないよな…胃液みたいな成分でシミ抜きできないかな?」と思い、酵素を使ったシミ抜き方法を試すようになりました。

研究から8年経った頃には、とても良く落ちる液体と方法が確立されました。

スポッとる製品化

やがて、日米クリーニング店はシミが良く落ちると評判になりました。

ある日、お客様から「お宅は本当によくシミが落ちるわ、別のクリーニング屋で断られた物も落ちたわ、どうやっているの?」と問われました。

「どうやっているの?
 ・・・!!!
 そうだ!これをビンに詰めて説明書をつければ、世界中の人をシミから救える!」

スポッとる製品化は、またしてもお客様からいただいたヒントでした。

現在に至る

ありがたいことで、スポッとるは発売13年目に入らせていただいております。

累計販売数は40万を突破し、お客様からたくさんのお喜びの声もいただいております。

クリーニング店のほうも毎日たくさんのシミ抜き依頼をいただいており、スタッフ一同できる限り多くの処理ができるよう尽力しております。

今後もお客様のニーズに寄添い、クリーニングの課題に挑戦していくことで環境や社会に貢献してまいります。